東京地方裁判所 昭和43年(借チ)2053号 決定 1968年9月02日
申立人 植田信雄
右代理人弁護士 奥田実
同 石田駿二朗
相手方 矢島森太郎
主文
本件申立を却下する。
理由
一、本件申立の趣旨及び理由は、
「1、別紙目録(一)の(1)の土地は相手方の所有に属する。昭和二〇年頃申立外鈴木恭春が右土地を含む二三〇・九〇平方米を相手方から建物所有の目的で賃借したが、同人は昭和二四年三月末に死亡し、その子鈴木春夫が賃借人となり、相手方との間で改めて期間を同年四月一日から二〇年とする賃貸借契約を結び現在に至っている。なお、その間土地区画整理により借地の範囲は別紙目録(一)の(1)のとおりとなった。
2、申立人は前記恭春の後妻の子、鈴木春夫は先妻の子という関係にあり、申立人も右春夫の借地のうち別紙目録(一)の(2)の部分に、同目録(二)の建物を建築し、これに居住していた。その後昭和三五年になって、申立人が右建物を自己の名義に所有権保存登記をしたところ、相手方から借地の無断転貸があるとして異議が述べられた。
3、そこで鈴木春夫は右建物を自らの所有にするため、申立人に対し中野簡易裁判所に調停の申立をし、右調停において、昭和三五年九月一四日申立人から鈴木に対し右建物を代金四万五〇〇〇円で売渡す旨の調停が成立した。
4、ところで、右調停においては、将来法律改正によって借地権の譲渡が可能となったときは、申立人において前記の代金で建物を買い戻すことができる旨の約定があった。しかして、今回の借地法の改正によりこの要件が充たされたので、申立人は右の約定に従い建物を買い戻すことができることとなり、鈴木春夫は借地法第九条の二第一項の規定により、賃貸人の許可を得た上、建物及びその敷地(別紙目録(一)の(2)の土地)の賃借権を申立人に譲渡すべき義務があるというべきである。しかるに、鈴木はその手続をしないので、申立人は同人に代位して、賃借権譲渡の許可を求めるため、本申立に及んだ。」というのである。
よって検討するに、本件資料によれば申立理由1ないし3の各事実を認めることができる。
しかして申立人提出の甲第一号証(調停調書正本)によれば申立人が本件借地上の建物を鈴木春夫に譲渡することを約した調停において、将来法律の改正により借地権の譲渡が可能となったときには申立人において右建物を買い戻すことができる旨の条項の存したことが認められる。ところで改正借地法第九条の二第一項の施行により賃借権譲渡許可申立の制度が設けられ、これによって賃貸人の意思如何に拘らず借地を譲渡する途が開かれたこととなり、かような場合も前記調停条項に予定する買い戻しのできる場合に該当すると解する余地がないわけではない(右の法改正によっても端的に借地権の譲渡性が認められたわけではなく、また許可にあたり財産上の給付を命ぜられることもあり、その場合その負担についての問題なども生ずるわけであって、右改正法による制度は必ずしも調停当時当事者の予定したところにそのまま合致するといえない面もあるが、この点はしばらくおく。)。
しかし、右買い戻しの権利が認められるにしても、申立人から賃借人鈴木に代位して許可の申立ができるかについては問題がある。
本件において、申立人は鈴木に対し賃借権の譲渡を求める権利があり、この場合、本来の債権者代位からはかなり拡張された形ではあるが、賃貸人に対抗し得る完全な賃借権として譲受けるため、鈴木に属する許可申立権を代位行使するという構成が可能である。ところで、特定債権に基づく債権者代位も必ずしもこれを否定すべきでなく、既に実務においても肯定されているところであるが、かように被保全権利の範囲を拡張するにあたっては、その反面において、債務者及び第三者に及ぼす影響等をも考慮した上代位の許否を決する配慮が必要であり、代位の各要件、例えば保全の必要の有無とか行使される権利が一身専属かどうかを個別的に検討するだけでたやすく代位権の行使を肯定するのは必ずしも妥当でないと考えられる。本件の如く、単純に既存の権利が行使されるにとどまらず、後述のように、新たな権利関係の生ずる可能性のある場合には慎重な配慮を要するであろう。
土地賃借権の譲渡許可の申立に関しては、借地法第九条の二第一項の場合は賃借人を申立権者とし、第九条の三第一項の場合には譲受人が申立権者とされている。これらの事件においては場合により財産上の給付が命ぜられ、また、賃貸人から建物及び賃借権を自ら買受ける旨の申立がなされることもあり、単純に譲渡の許否のみが決せられるものではない。前記申立権者に関する規定は右の買受申立のあった場合その他事件処理の面での適否についても配慮の上定められたものと解され、相当の理由が存すると思われる。しかるに、借地法第九条の二第一項の事件において、譲受人という地位に基づいて代位による申立を許すべきものとすると、借地上の建物の譲渡契約の結ばれている場合(譲受人を特定して申立をすることを要する関係もあり、実際には申立前になんらかの形で譲渡契約が結ばれることが多いとみられる)、常に譲受人に申立資格を認める結果となり、前記規定の予定するところにそわないことになると考えられる。
以上の理由から、当裁判所は申立人の代位による申立権を肯認できないので、本件申立を不適法として却下することとし、主文のとおり決定する。
(裁判官 安岡満彦)